よい子の定義

家でよい子,学校でよい子。

みんな頑張ってる子なんだ!

 

 

新学期が始まりしばらくすると必ずあるのが

家庭訪問

 

教師にとって保護者と初めて1対1で話せる機会、さらにお家の様子も分かるという最高の機会。

そして

「自分はこんな先生ですよ。」

ってアピールする絶好の機会。

とにかく、それまでに子どものよいところを探して見つけて、たくさん話せるように準備していきました。

だって、よい関係を作っておいた方がのちのち心地よいから!

たくさん褒める

とにかく褒める

私の家庭訪問はこんな感じ。

 

 

すると、

「えぇ〜?!信じられない!うちでは…」

って感じで、怠惰な家での生活やワガママっぶりを話してくださる方。

もう一方で

「そうなんです〜!うちの子お利口で…」

って感じで、家でのお利口っぷりを話してくださる方。

 

 

二極化します。

そして、後者の方が圧倒的に問題を抱えている子が多い。

 

 

子どもだって大人と同じように自分をよく見せたい。

 

 

学校で頑張って「よい子」でいて、家ではホッとする。頑張らない自分に戻れる。

家庭は本来ならそういう場所であるべきなのに、

 

 

家庭で頑張って親の顔色伺って、学校でそれを発散する子。

そうなってくると学校とのコミュニケーションも難しい。

保護者は

「家ではいい子なのに、学校だと問題ばかり。先生の指導がなってない」

「先生がダメだから学校で悪いことする」

って思うし、

学校側は

「自分の子どものこと理解できてないな 」

「学校なめてるな。だから子どもも学校なめるんだ。」

って、溝は深まるばかり。

 

原因の押し付け合い。

さっきも言ったけど、本来ならば家庭でホッとできることが一番!

でもそれが出来ないなら、学校でホッとしてもいい。

学校側が、

「ここでホッとしてくれてるのね。」

って。寛容に。

問題行動ばかり見るんじゃなくて。

なんとか問題行動をなくそうとしてしまうけど、出してくれてることをよしとしたら、受け入れたら、

子どもも生活しやすくなるよね。

家庭も、

「家で出せなくてごめんね。」

って感じたら、そこから学校と一緒にその子に対するアプローチを考えていける。

原因の押し付け合いじゃなくてね。

 

「よい子」でいることが悪いみたいだけど、決してそういうわけじゃない。

「よい子=頑張ってる子」

っていう、視点を学校側も家庭側ももってほしいってこと。

原因の押し付け合いじゃなくてね!

何より頑張る場があるのはいいことだし、息を抜ける場があるのはとてもいいこと!

 

だから、頑張ってるんだから

いっぱいいっぱい褒めてあげて。

「よい子」であろうと頑張ってることを認めて賞賛してあげて。

でも、いつもそんな頑張る必要なんてない。

よい子でいる必要なんてない。

 

 

言葉でなくて、無意識のうちにそういう場を提供できる環境を大人がつくってあげたいね。

 

 

 

ほんの一例で、このパターンじゃない子どもなんて山ほど。

人だから型には入らないことがほとんど!

あくまで”傾向”のお話しです。